赤い山

真・禍話 激闘編~第9夜 赤い山スペシャルより~

僕には小西という高校時代からの親友がいる。
小西は学校帰りによく山へ寄り道していた。山といっても小西の家の裏山で、大した標高もない小山だ。

帰宅部で暇な僕はしょっちゅう小西の寄り道に付き合っていた。
お決まりのハイキングコースから少し外れて散策してみたり、蛇を見つけて一緒にビビったりと、そんなことをして一緒に放課後を過ごしていたのだ。

高校卒業後は別の大学へ進んだ為、会うことがなくなってしまったのだが、大学の長い夏休みを迎えた僕はふと思い立って、一人暮らしをしている小西に会いに行くことにした。

チャリで向かったその家は、事前に聞いていた通りボロアパートだった。
いつ崩れてもおかしくないような外階段を上り、ギィギィと歩く度に軋む廊下を進んでたどり着いた203号室。

インターホンを鳴らして「小西ー、来たぞー。」と声を掛けてみたが返事がない。バイトか買い物にでも行っているのだろうか。
(突然来てしまったから仕方ない、出直すか)と帰ろうとしたその時。カチャリと音を立ててドアが開いた。
建付けが悪いのか、きちんと閉まっていなかったようだ。

「小西?いるのか?ちょっと入るぞー」
声をかけてから玄関を覗いたら、やはり靴はない。
あいつ、ボロアパートで盗られる物がないからって鍵をかけてないな。

(そうだ!小西が帰った時、僕が中でくつろいでたら驚くかも。)
荒したりせず、座ってるだけならきっと小西も怒らないはずだ。僕は高校時代のノリで小西をビビらせてやろう、と企み部屋に入った。

部屋に入った僕は焦った。いや、かなり焦った。
何故なら部屋中に絵具などの画材、くしゃくしゃに丸められた画用紙が散らばっているからだ。
小西は美術部ではなかったし美大に進んでもいない。高校時代に絵を描いている姿なんて見たこともない。
僕は間違えて知らない人の部屋に上がり込んでしまったのではないかと思ったのだ。
だが、机の上に乱雑に置いてある郵便物のあて名は間違いなく小西だったので僕は安堵した。危うく不法侵入の罪に問われるところだった。

しかし、小西はいつの間に絵画に目覚めたんだろうか?
散らかった部屋をぐるりと見回すと、奥に布がかかったイーゼルがあった。
小西がどんな絵を描いているのか気になった僕は、布を取り払って見てみた。

キャンバスには夕暮れの山が描かれていた。
赤一色で描かれた空と、緑の木が茂る山。そして茶色で描かれた獣道。獣道には長い黒髪の女性が立っていて、こちらを向いて微笑んでいる。

はっきり言って下手くそだ。頑張って塗りつくしましたという感じの子供の絵レベル。
道は歪んでいるし、女性の背が異様に高い。
僕も絵のことはあまり分からないので偉そうな事は言えないが、サイズ感?縮尺がおかしいのだ。

キャンバスの裏側を見ると、一丁前に題名のような物と名前が書かれていた。
ひらがなで書かれた題名は、し・・・し・・・め?かすれてる上に雑すぎて読めない。
訳の分からない絵に怖くなった僕は、キャンバスに元通り布をかけた。

小西はまだ帰ってこない。僕もバイトがあるのでその日は帰ることにした。
あとで訪ねたことをメールしておこう。

その日の深夜1時。
バイトから帰宅すると、留守電が入っていた。
再生してみると、小さい声でぼそぼそと喋っている。音量をMAXにしてやっと声の主が小西だと分かった。高校時代の小西はこんな暗い話し方じゃなかったんだけどな。

話していることのほとんどが聞き取れなかったが、なんとか分かったのは
「あの絵の感想を聞かせて欲しい」
「照れるけど、最初に見たのがお前で良かった」
ということだ。

何で僕が家に行って、あの絵を見たことを知っているんだろう。まだメールは送ってなかったのに。
…そういえば、あの部屋の押し入れが少しだけ開いていた気がする。まさか小西は押し入れの中にいて僕を見ていた?
だとしたら怖すぎる。何で出てこなかった?

そんなことより、留守電の最後にぼそぼそと言っていた言葉が引っかかる。何て言ってた?「今から行くわ」だったような…
小西も僕の住所を知っている。まずい。

恐怖にやられた僕はすぐに家を飛び出し、3日程大学で出来た友達の家に泊めてもらった。
4日目に家に戻ってみたら、また留守電が1件入っている。

一人で聞く勇気がなかったので、念のため付いてきてもらった友達と一緒に聞いてもらった。
再生すると、やはり小さな声でぼそぼそと
「あの絵はどうだった?」
「お前が見るべき絵だったんだよ。あれは。」
「最初に見たのがお前だからなぁ。」
「感想が聞きたいなぁ。」
などと言っている。
僕らは顔を見合わせてヤバいヤバいと言い合って、また友達の家に泊まらせてもらった。

数日後。知らない番号から電話が掛かってきた。
怖くて出たくなかったが、地元の市外局番だったので渋々電話にでた。
かけてきたのは小西のお父さんだった。

『息子が死にました。』
お父さんは淡々と、小西が家の裏山で亡くなっていたことを僕に話した。

いつも一緒に遊んでいた山だ…
ーその時、ふと思い出した。
何でこの山に毎日来るの?と高校1年生の頃、一度だけ小西に訊いたことがある。
そしたら小西は
「おか…いやー、何でだろうな。ハハハ」と答えた。
何かを言いかけて誤魔化したような。
オカ?丘?その時はふーん、と深く考えなかった。

小西の葬式には、適当な理由をつけて行かなかった。
正直、怖かったし気味が悪かったからだ。

そしたら2,3週間して、お父さんから家に来てほしいと電話があった。
流石に断れなくて、重い足取りで小西の実家に向かった。

『お忙しいのにすみませんね。無理を言ってしまって。』
「いえいえ…大丈夫です。」
『息子のアパートを引き払うために遺品整理してたら、尋常じゃない量の画材とスケッチが出てきまして。
 息子は私が送った生活費のほとんどを画材につぎ込んでいたようなんです。
 美術部だった訳でもないし…何か知りませんか?』
「すみませんが、僕も大学に入ってからの彼のことは分からなくて…」
『そうですか…。
 あ、そのスケッチなんですけど、奇妙なことに全てが同じ構図なんです。
 そして全部題名が書いてあったんです。”しゅくめい”って。』

(あれは”しゅくめい”って書いてあったんだ…怖い…)

お父さんは話を続けた。
『5月から連絡が途絶えまして。連絡がないってことは、楽しく大学生活を送ってるのかな、なんて思っていたのですが。
 今考えれば息子がこんなに連絡をしてこない事は無かったなって…。
 そんなある日、近所の人から裏山で息子を見たと聞かされたんです。
 私に連絡せず、家にも寄らず、山へ行っていたんですかね。』
「小西は、高校の時から裏山を散歩するのが大好きだったんですよ。」
『そうなんですか…。』

お父さん、知らなかったようだ。
小西は父子家庭で、一人の家に帰るのが嫌なのかなって思って、僕は小西の裏山散策に付き合っていたんだ。

「はい。僕もよく一緒に寄り道してました。」
『裏山にですか?』
「ええ。放課後に。」
『・・・妻は、息子を産んだ後すぐ、裏山で首を吊ったんです。』

・・・え?言葉が出なかった。

『原因が分からないんですよ。でも育児ノイローゼとかじゃないです。絶対に。
 遺書には、また会えるからいい、みたいな事が書いてありました。
 分からないでしょう?
 そしたら息子も裏山で死んだ。私、何かあるんじゃないかって思うんです!』

話しながら興奮してきたのか、お父さんは変なテンションになって怖い。
僕は用事があるとか何とか言って、小西の実家を飛び出た。

後日、友達にこの事を話したら怖い事を言い出した。
「”オカ”って”お母さん”のことだろ。そいつ、お母さんに会いに行ってたんじゃないのか?」
「え?それはどういう…」
「いやだから。お前には見えてなかったんだろうけど、そいつには山でお母さんが見えてたんじゃないのかって。
 お前はそれにずっと付き合っていたってことだろ?」

背筋が凍った。
「いや、それがなんで絵を描くようになったかは分からないだろ?流石に。」
「形に残すには、写真じゃ駄目な理由があったんだろうな。きっと。」

…僕はもう考えたくなかった。

あのキャンバスに描かれていた女性の頭身。正しかったんじゃないかな、と今は思う。
小西にはそういう姿のお母さんがずっと見えていたんだろう。
そして、お母さんに呼ばれて死んじゃったんじゃないかな。

著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話を編集・再構成しています。

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