禍話~第5夜より~
バイト先の大先輩である安藤さんが、出勤しなくなって7日が経つ。
安藤さんはベテランなのに決して威張ったりせず、誰にでも気さくに話しかけてくれる優しい人だ。
更に仕事もバリバリ出来る。接客も上手い。
当然社員からの信用も厚くて、新人の教育係も安藤さんの担当だ。
バイトリーダー、いや、準社員みたいな感じ。
俺も安藤さんにはかなりお世話になった。
安藤さんがいなきゃ、とっくに辞めていたと思う。
一体どうしたのだろうか。
その日のバイト上がり、俺+バイト仲間3人で店長に安藤さんのことを尋ねてみた。
「あぁ、安藤君ね…
体調が悪いからもう少し休ませてくれって言うんだけど…
どうもそれだけじゃない様な気がするんだよ。
何か思いつめてる事でもあるのかもしれない。
君たち、ちょっと様子を見に行ってやってくれないか?
若者同士、パーッと酒でも飲んで話したら良くなるかもしれないし。」
そう言って店長は俺達に”酒代”と言ってお金をくれた。
大量の酒とつまみを買って安藤さんのアパートへ向かう。
バイト後、買い物もしたから22時過ぎになってしまった。
安藤さん、もう寝ているかも…突然迷惑じゃないだろうかと心配しながら、チャイムを押した。
数秒後、ガチャリと玄関ドアが開いた。
中から出てきたのは酷い顔の安藤さんだった。
頬はこけていて髭はボーボー。髪もボサボサ。
目の下にはクッキリとクマ。
こんな安藤さんは見たことがない。
俺達は動揺したけど、安藤さんを元気づけるために来たんだ!と目的を思い出し、笑顔でこう言った。
「安藤さん、突然お邪魔してすみません!
どうしても心配でお見舞いに来ちゃいました。
俺達で良かったら何でも話してください!愚痴でも何でも聞きますから!!」
安藤さんは俯きながらぼそぼそと
「ああ…皆ありがとう。上がって行って」
と答えて部屋に入れてくれた。
俺達は宴会を開始した。
しかし安藤さんはお酒もつまみも進まないようで、ただ俯いて座っている。
それでも何とか盛り上げて話している内に、安藤さんがやっと欠勤の理由を話し出してくれた。
「確か8日前かな。バイト帰りにコンビニで酒買って、飲みながら歩いてたんだよね。
疲れてたし、歩いてたからいつもより早くアルコールが回ったんだと思う。
結構酔っぱらっちゃってさ。
そんでちょっとした段差につまづいて、よろけた時に何か踏んだんだ。
何だろうって思って下を見たら、電信柱脇に供えられてる枯れた花束だったんだ…
電信柱には張り紙がしてあってさ。
ココの踏切で子供が電車と接触して亡くなったみたいなことが書いてあった…
張り紙もボロボロだったし、かなり前の事故みたいだったけどね。
一気に酔いも冷めて、花束を元に戻そうとしたんだけど、、
カサカサに枯れた花束だったから、どうしても上手く戻せなくて。
心の中で謝って家に帰ったんだ…」
そう話した安藤さんの肩がわずかに震えている。
安藤さんって意外と心が弱いのかも、と俺は(きっと他の仲間も)思った。
確かに罰当たりなことをしてしまったのだろうが、たったそれだけで仕事を何日も休むなんて…
まぁとにかく元気づけないと。
「安藤さん、確かにそれは罪悪感抱えちゃいますよね。
でもちゃんと謝って、花束も元に戻そうと努力もしたじゃないですか。
わざとじゃなかったんだし、もう大丈夫ですよ。
明日からはバイト出てきてくださいよ!
店長も皆も安藤さんを待ってまs」
「違うんだって!!!!!!!!!!!」
俺が話し終える前に安藤さんが突然大声で叫んだ。
見開いた目はギラギラとしていて、寝不足のせいか血走っている。
固まる俺達に、安藤さんはフーフーと鼻息を荒くしてこう続けた。
「違うんだよ…全然駄目なんだ…
俺はきっと許されてないんだよ…
あの日から夜中2時になると、踏切の音がするんだ…
耳をつんざくような凄まじい音量で!!!」
「安藤さんのアパートから踏切まで結構距離ありますよね。
それは精神的なものから聞こえる幻聴じゃないんですか?」
「違う!!
もう部屋の中に踏切があるんじゃないかってくらいの轟音。
寝てても飛び起きてしまうんだ。
その内、朝でも昼でも鳴るんじゃないかって気がしてて。
一体いつ鳴るか分からないから、寝るのが怖い。
だから最近は限界まで起きて、失神するように寝ているんだ…
価値観が揺らぐよなぁ…
今まで安全だと思ってた場所が危険になるなんてさ…」
俺達は正直言ってドン引きだった。
安藤さん、ちょっとおかしくなってしまったんだなって。
でも今まで沢山お世話になった安藤さんを見捨てるのは心苦しい。
だから俺はこんな提案をしてみた。
「安藤さん!俺達今日2時までいます!!
俺達にも踏切の音が聞こえたら、一緒にお祓いとか行きましょ!」
安藤さんは
「うん、そうだな。そうしよう!」
と了承してくれた。
他のヤツは(余計な事言いやがって)と言いたげな表情で俺を睨んだが、これも安藤さんのためだ。
軽く謝るジェスチャーをして、皆も一緒に残ってもらった。
安藤さんも少し気が楽になったのだろう。
皆でTVを見ながら談笑して楽しく過ごし、あっという間に、1時45分になった。
流石に皆も緊張しだしたのか、トイレに行ったり、わざとふざけてみたりして各々気を紛らわせている。
「かなり大きな音だから、びっくりすると思うよ。」
「ごめんな、本当にうるさいから気を付けてくれ。」
なんて安藤さんが言うもんだから、俺達は余計にビビッてしまう。
そして1時58分。
1時59分。
お互いに顔を見合わせて、その時を待った。
2時00分。
突然安藤さんがすくっと立ち上がった。
皆が安藤さんを見上げる。
安藤さんは口を大きく開けて…
「カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!
カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!」
まるで安藤さんの口の中に踏切があるような、本物そっくりの音が大音量で部屋に響いた。
もの凄い音だ。
皆訳が分からず、両手で耳を塞いでうずくまった。
俺は片手で耳を塞ぎながら、安藤さんを揺さぶった。
「安藤さん!安藤さん!
何やってるんですか!?大丈夫ですか!?」
安藤さんの反応はない。
ただ天井の一点を見つめながら絶叫し続けた。
肩を持って座らせようとしたり、向きを変えさせようとしたが、体は鋼鉄の様に固く硬直していて、びくともしなかった。
3分ほど絶叫した安藤さんは突然ピタリと叫ぶのをやめ、ふっと元に戻った。
「皆も聞こえたみたいだな。
な?言った通り凄い音だっただろ?
ほんと、こんなことがあると価値観が揺らいじゃうだろ?」
俺達は適当な返事をして、安藤さんの家から逃げ出た。
もう1秒たりともこの部屋にいたくなかった。
ー後日、店長から安藤さんがバイトを辞めて田舎に帰ったと聞いた。
著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話を編集・再構成しています。
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